『小林多喜二日記』1927年7月15日 (第64回) 

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今日の多喜二は 自殺ということばを使います 
その憂鬱はどこから来るのか 具体的には書いていません 

この少し前まで小樽港湾争議に関わっており(*1) いまタキさんのことがあり、
多喜二自身は東京行きを考えている頃です(* 2 ) 


★ 今回出てくる人の人名、名称、作品名 [ ] 内は日記中の表記

[K・S] / これまでもイニシャルで登場している、多喜二が勤めていた北海道拓殖銀行の同僚「佐々木キヨ(キヌ)」のことかと思われます 美しい人のようで、多喜二とは近しい間柄だったという情報もあり、この日記の第7回(1926年6月10日)、第43回 (1927年2月16日) にも出てきます


軽川 / 北海道札幌市手稲区  桜の木が多く植えられているきれいなところのようです  地名の読み方は「かるがわ」「かるかわ」どちらもあるようです


[ T ] / 田口タキさんのこと


斎藤/ この日記に何度も登場する多喜二の親友、斉藤次郎のこと 庁立小樽商業学校から生涯を通じての友人 画家を志しており、多喜二との書簡はこの日記「小林多喜二書翰集/斉藤次郎への手紙」に収められています 


[フレンツ・モルナアル] / 1878年〜1952年 ハンガリーの劇作家、小説家 前回(1927年7月12日)にも出てきます 「モルナール・フェレンツ」「フレンツ・モルナー」「フェレンツ・モルナール」など 表記は多数あるようです ハンガリーでは日本と同じく「性・名」の順で名前を書くらしいので フレンツさんが苗字のようです  


近衛兵 / モルナール・フェレンツ作  1910年   
1979年に劇団すばるで上演したときの本が出ています
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001521388-00



*1 「小林多喜二とその周圏」小笠原克著 翰林書房 1998年 
*2 『小林多喜二』 手塚英孝著 2008年 新日本出版

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