『小林多喜二日記』1927年6月2日 (第59回)

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https://youtu.be/ZGvtBj5epxo


今日の日記も ネットではよく引用されている日のようです
5月28日 タキさんが再び多喜二のもとから消えます 
家出と言っていいのか 適切なことばはわからないのですが 
とにかく多喜二の家から出て行ったことが書かれている回です

日記には書かれていませんが、多喜二はこの月の12日 銀行の札幌本店河口秘書課長へ東京転任を頼んだそうです  *1



★  今回出てくる人の人名、名称、作品名 [ ] 内は日記中の表記

[大國屋呉服店] / 稲穂町にあった店 のちに小樽で最初の百貨店となりとても賑わったようです 


[蛇の目] / 花園町にあったお店のようです この夜ふたりは一緒にお寿司を食べたそうです*1


[公園] / 小樽公園のことのようです*1 現在の小樽公園は花園町5丁目にあります


[水天宮]/  前回も登場した場所 高台にあり景観もよく、小樽港を眺められるそうです 桜の名所でもあり、小樽市の桜開花予報にも出てくる有名な場所 位置関係を地図でみると小樽公園からまっすぐ歩けるので話しながら歩く多喜二たちのデートコースになるのもなるほど納得です


室蘭/ 北海道室蘭市 調べたらいまでも小樽から電車で3時間ほどかかる場所です 小樽に住む人にとってこの地名は遠くへ行った感のあるものでなかったかと思われます    


斎藤/ この日記に何度も登場する多喜二の親友、斉藤次郎のこと 庁立小樽商業学校から生涯を通じての友人 画家を志しており、多喜二との書簡はこの日記「小林多喜二書翰集/斉藤次郎への手紙」に収められています  「味知二」「末知二」は筆名のようです


T / 田口瀧子、田口タキさんのこと  


[樽新] / 小樽新聞のこと

十三の南京玉 / 前回(第58回)の1927年5月8日の日記にも出てきた多喜二の随筆 『白樺文学館』サイトでも紹介されています →多喜二を読む → 新聞紙面から追う多喜二の足跡 → 月曜文藝 十三の南京玉


金井/ 詳細不明 もしかしたら「金井健四郎」のことかもしれません 小樽高商の同級生のようです 


乗富 / 乗富道夫  小樽高商からの多喜二の知人 「『蟹工船』執筆に協力した乗富道夫とは?」 というタイトルで『しんぶん赤旗』に紹介されています  
http://www.jcp.or.jp/akahata/


[反デュリング論]/ 反デューリング論  1878年 フリードリッヒ・エンゲルス著  多喜二が手にした600頁もある本はどれか、調べてみたのですがわかりません


*1 『小林多喜二』 手塚英孝著 2008年 新日本出版

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