『小林多喜二日記』1926年9月19日(第21回) 

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「自分のイージィな生活を考えて、イヤになる」 「死んだ方がいいと思った」 


9月18日に米山氏から手厳しい意見を聞いたその翌日の日記

ゴーリキーの物の見方から受けた強い刺激を 整理しているみたいです 
登場人物については 日本人にはああいう強い人間はいないと書いています

また多喜二が読んだ戯曲について「削除されているので分からないが」とさらっと書くので 
驚いて調べてみたら この7年前の1919年の出版物の発禁件数はすでに3桁、そこから年々増減はあるものの1926年は1000件程、亡くなる前年の1932年は3500件程、1933年は3000件程あったのだそうです 


今日もまた 長い日記です
 
作品名もたくさん出てきます


YouTubeはこちらから
https://youtu.be/EdHUThoWOp4


    ★  音声だけだとわかりにくい言葉

「にんげんしんとしんじんのたえざる…」 / 「人間神と神人の絶えざる…」


    ★ 今回登場する作品名  [ ] 内は日記中の表記

『道連れ』 小説/ マクシム・ゴーリキー作 1894年 “私の道連れ“という邦題もある


『秋の一夜』 小説/ マクシム・ゴーリキー作 1895年


『チェルカッシ [チェルカッシュ] 』 小説/  マクシム・ゴーリキー作  1895年 ゴーリキー初期の最も有名な代表作 

 ※『チェルカッシュ』『秋の一夜』『道連れ』は 1909年博文館 相馬御風訳「ゴーリキー集」に収録  多喜二が読んだのはこれかもしれない 


『カインとアルチョム (カインとアルテルム)』 小説/   マクシム・ゴーリキー作  1899年   二葉亭四迷が1905年『猶太人の浮世 』という邦題で翻訳しているが、これ以前にも和訳があったらしい 詳細不明 



『二十六人の男と一人の少女[廿六人と一人]』 小説/ マクシム・ゴーリキー作  1899年  日本では1911年 野尻抱影訳 海外文芸社・海外文芸叢書 で出版されている


『アスラ』 / ヨハン・アウグスト・ストリンドベリ作  作年不明 1926年 亀尾英四郎 訳「ストリンドベルク全集7」岩波書店 に収録されている 


『暗夜行路』 小説/ 志賀直哉作 1921年 雑誌「改造」1921年1月号から1937年まで断続的に発表された作品  なので、多喜二は全てを読むことはできなかった



『最後のもの』 小説/ 小林多喜二作 1926年8月 第2回文藝春秋懸賞小説へ作者名「郷 利基」で投稿した作品。「予選通過54篇」に入る。『師走』の改作。8月15日(第13回)参照のこと


『酌婦』  小説/ 小林多喜二作 1926年8月 第2回文藝春秋懸賞小説へ作者名「辻 君子」で投稿した作品。「予選通過54篇」に入る。他にも『最後のもの』(作者名:郷 利基)も同じ「予選通過54篇」に入っている 


『どん底』 戯曲/ マクシム・ゴーリキー作 1902年  日本では1910年(明治43年)12月 自由劇場第3回公演 小山内薫訳『夜の宿』というタイトルで上演したのが初演    
  


『ドストエフスキーの一生と芸術 [ドストエフスキー]』/ 新城和一  冬夏社 1921年 多喜二が読んだのはこれかも


『磔茂左衛門』 戯曲/ 藤森成吉 作 1926年5月発表 新派の井上正夫が上演している その後『磔茂左衛門』は上演禁止



『犠牲』 戯曲/ 藤森成吉 作 1926年  有島武郎事件と呼ばれる話をモデルにして書かれた戯曲 多喜二は一作品として感想を書いているが 当時の人にとっては有島武郎のイメージと重ねずにはいられなかった作品らしい 削除された三、四幕については「三幕目がいいですからねー男と女の会話の呼吸なんか、なかなか上手くやっていますよ」「小説よりよっぽど器用ですよ」と広津和郎が語っており、正宗白鳥は「二幕目と四幕目はことに劇的価値をもっている」と評している(※1)  この幕が削除の対象になった理由は複数あるらしい。

また、当時の雑誌「改造」1926年7月号は藤森成吉『犠牲』、倉田百三『赤い霊魂』により発売頒布禁止を受けている。これまで論文が理由になることはあっても文学作品が発売頒布禁止の理由になったのはこれが初めて(※1)  1926年新潮社から削除版が発売されているが、多喜二がなにを読んだのかは詳細不明
    
   ※1 参考資料:『検閲と文学』紅野謙介 河出ブック2009年 



    ★ 今回登場する作家名 [  ]内は日記中の表記

「ゴーリキー [ゴールキー] /  マクシム・ゴーリキー (1868年〜1936年) ロシアの作家 チェーホフの勧めで戯曲を書き始めた。その戯曲第2作目が『どん底』

「ヨハン・アウグスト・ストリンドベリ [ストリンドベルク] 」 /スウェーデンの作家 (1849年〜1912年)

「チェーホフ [チェホフ] 」/ アントン・チェーホフ(1860年〜1904年) ロシアの作家 作品の中心は戯曲、短編小説

「ウラジミール・コーロレンコ」/ (1853年〜1921年)  ロシアの小説家 他、雑誌『ロシヤの富』の編集長などジャーナリストとしても活動

「トルストイ」/ レフ・トルストイ (1828年〜1910年) ロシアの小説家、思想家 

「菊池寛」/ (1888年〜1948年) 日本の小説家、戯曲家  出版社「文藝春秋社」の創設者

「武者小路実篤」/ (1885年〜1976年)  日本の小説家、戯曲家 他多数 

「志賀直哉」 /(1883年〜1971年) 日本の小説家

「葉山嘉樹」 / (1984年〜1945年) 日本のプロレタリア文学の作家

「前田河廣一郎[前田川廣一郎]」/ (1888年〜1957年) 日本のプロレタリア文学の作家  

「新城和一」 / (1891年〜1952年)  日本の文学者 詩人 ロシア、フランス文学の翻訳家  

「ドストエフスキー」 / フョードル・ドストエフスキー (1821年〜1881年) ロシアの作家、思想家 

「藤森成吉」 /(1892年〜1977年)  日本の小説家 劇作家 戯曲『なにが彼女をそうさせたか』(1927年)は流行語にもなったらしい 翌年(1928年)ナップ(全日本無産者芸術連盟)の初代委員長に就任している


     ★ 登場する人物名 [ ]内は日記中の表記

「中村吉右衛門 [ 吉右衛門 ] 」 / 歌舞伎役者 初代中村吉右衛門のこと (1886年–1954年)

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